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津波てんでんこ: 近代日本の津波史 単行本 – 2008/1/1
山下 文男
(著)
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購入オプションとあわせ買い
日本は津波の国----矢のように速く、あっという間もなく目の前に立ちはだかる壁のような巨大な津波。凄まじい破壊力をもつ津波から人びとの命を守るにはどうすればいいのか。子どもの頃、津波を体験した著者が、明治以来の日本を襲った八つの巨大津波被害を振り返り、体験の風化に警鐘を鳴らし、究極の津波防災を考えます。
- 本の長さ235ページ
- 言語日本語
- 出版社新日本出版社
- 発売日2008/1/1
- ISBN-104406051147
- ISBN-13978-4406051149
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対象商品: 津波てんでんこ: 近代日本の津波史
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登録情報
- 出版社 : 新日本出版社 (2008/1/1)
- 発売日 : 2008/1/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 235ページ
- ISBN-10 : 4406051147
- ISBN-13 : 978-4406051149
- Amazon 売れ筋ランキング: - 668,409位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 203位災害
- - 12,120位社会学概論
- - 35,165位科学・テクノロジー (本)
- カスタマーレビュー:
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カスタマーレビュー
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2013年10月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
普段あまり頭にないアプローチだったのでとてもおもしろかった。
2011年5月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「津波の際は、とにかく躊躇せず、一人一人バラバラで全力で高台に逃げろ!」これが著者による本書の最大のメッセージである。そして、「津波は他人事じゃない!」、これが本書を一読してのわたしの率直な感想だ。
タイトルになっている「津波てんでんこ」とは、明治三陸大津波の悲しい歴史を背負った貴重な教訓である。「てんでんばらばら」の「てんでん」に東北地方言の「こ」がついたもの。親兄弟が災害時に助け合うのは人間として当然の感情だが、こと津波に限ってはそれは例外でなければならない。なぜなら津波は不意打ちで突然襲ってくるから、共倒れを避けるためにはそれしかない、ということを意味している。
「津波てんでんこ」という表現には、著者が子どもの時に体験した「昭和8年の大津波」が原点にあるという。「七人兄弟の末っ子だったが、両親も兄たちも、誰も手を引いてくれなかった。そのため否応なしで一人で逃げ、雪道を裸足で山まで駆け上がっている。後で聞くと、友だちの多くもみんな同じことだったらしい。助かろうと思ったら子どもでそうせざるをえないのである」(P.223)。今年87歳になる本書の著者・山下文男氏は、今回の大津波でも九死に一生を得たことが報道されていた。
吉村昭の『三陸海岸大津波』は読み継がれるべきロングセラーだが、津波はけっして三陸海岸だけのものではない。本書はこの重要な事実に読者の注意を促してくれる。「津波は他人事じゃない!」とはこのことだ。
本書によれば、関東大震災のときには相模湾沿岸では津波と山津波の挟み撃ちになっている。戦時下の東南海地震津波(1944年)は厳しい情報統制のため知られていないだけ。敗戦後の南海地震津波(1946年)はそれどころではない状況だった。日本海中部地震津波(1983年)では秋田に大被害、北海道南西沖地震津波(1993年)では奥尻島を中心に、沖縄の石垣島でも大津波の被害を受けている。
日本は、地震と津波の多さにかんしては、同じくプレートのうえに乗っかり、周囲を海に囲まれた島国のインドネシアとならんでいるのだ。。津波が tsunami として英語になっていることからもわかるように、この国は「世界有数の津波大国」なのだ。
自然災害である津波は、人間サイドの事情にはいっさいお構いなしに突然襲ってくる。しかも、集中豪雨や台風など、毎年の決まった時期に定期的に襲ってくる自然災害に比べると、大津波と大津波のあいだのインターバルがきわめて長いのが特徴である。そのため、どうしても体験が風化しやすい。また逆に体験していると、どうしても実際より軽くみなしがちという側面もあることが指摘されている。津波への対応は、マインド面でも難しいのだ。
狭い意味の専門家ではなく、三陸海岸に生まれ育った一市民の立場から書かれた、日本国民に覚醒を促す本である。ぜひこの機会に眼をとおして「自分の問題」だと受け止めてほしいと強く思う。
タイトルになっている「津波てんでんこ」とは、明治三陸大津波の悲しい歴史を背負った貴重な教訓である。「てんでんばらばら」の「てんでん」に東北地方言の「こ」がついたもの。親兄弟が災害時に助け合うのは人間として当然の感情だが、こと津波に限ってはそれは例外でなければならない。なぜなら津波は不意打ちで突然襲ってくるから、共倒れを避けるためにはそれしかない、ということを意味している。
「津波てんでんこ」という表現には、著者が子どもの時に体験した「昭和8年の大津波」が原点にあるという。「七人兄弟の末っ子だったが、両親も兄たちも、誰も手を引いてくれなかった。そのため否応なしで一人で逃げ、雪道を裸足で山まで駆け上がっている。後で聞くと、友だちの多くもみんな同じことだったらしい。助かろうと思ったら子どもでそうせざるをえないのである」(P.223)。今年87歳になる本書の著者・山下文男氏は、今回の大津波でも九死に一生を得たことが報道されていた。
吉村昭の『三陸海岸大津波』は読み継がれるべきロングセラーだが、津波はけっして三陸海岸だけのものではない。本書はこの重要な事実に読者の注意を促してくれる。「津波は他人事じゃない!」とはこのことだ。
本書によれば、関東大震災のときには相模湾沿岸では津波と山津波の挟み撃ちになっている。戦時下の東南海地震津波(1944年)は厳しい情報統制のため知られていないだけ。敗戦後の南海地震津波(1946年)はそれどころではない状況だった。日本海中部地震津波(1983年)では秋田に大被害、北海道南西沖地震津波(1993年)では奥尻島を中心に、沖縄の石垣島でも大津波の被害を受けている。
日本は、地震と津波の多さにかんしては、同じくプレートのうえに乗っかり、周囲を海に囲まれた島国のインドネシアとならんでいるのだ。。津波が tsunami として英語になっていることからもわかるように、この国は「世界有数の津波大国」なのだ。
自然災害である津波は、人間サイドの事情にはいっさいお構いなしに突然襲ってくる。しかも、集中豪雨や台風など、毎年の決まった時期に定期的に襲ってくる自然災害に比べると、大津波と大津波のあいだのインターバルがきわめて長いのが特徴である。そのため、どうしても体験が風化しやすい。また逆に体験していると、どうしても実際より軽くみなしがちという側面もあることが指摘されている。津波への対応は、マインド面でも難しいのだ。
狭い意味の専門家ではなく、三陸海岸に生まれ育った一市民の立場から書かれた、日本国民に覚醒を促す本である。ぜひこの機会に眼をとおして「自分の問題」だと受け止めてほしいと強く思う。
2011年4月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本を購入して初めて読んだのは数年前でした。
書かれているのは100年前の事だったりするのに、被災した当時の方々の切実な思いが伝わってきて、今でも考えるだけで胸がいっぱいになります。
それを前にすると、今回も多分大丈夫だから逃げない、などというあまい気持ちは、少なくとも私の中では絶対に起こり得ません。
3-11の津波では、結局その100年前とほぼ同じことが繰り返されました。
巻き込まれながらも辛うじて助かったという筆者の気持ちは如何程かと思います。
東海〜南海地震を始めとして、今後も未来永劫津波は日本を襲い続けるでしょう。
今となっては今回の災害が今回1回限りの悲劇ではないということを理解する為となってしまいますが、何としても一人でも多くの、津波をまだ一度も体験していない人に読んで頂きたい本です。
書かれているのは100年前の事だったりするのに、被災した当時の方々の切実な思いが伝わってきて、今でも考えるだけで胸がいっぱいになります。
それを前にすると、今回も多分大丈夫だから逃げない、などというあまい気持ちは、少なくとも私の中では絶対に起こり得ません。
3-11の津波では、結局その100年前とほぼ同じことが繰り返されました。
巻き込まれながらも辛うじて助かったという筆者の気持ちは如何程かと思います。
東海〜南海地震を始めとして、今後も未来永劫津波は日本を襲い続けるでしょう。
今となっては今回の災害が今回1回限りの悲劇ではないということを理解する為となってしまいますが、何としても一人でも多くの、津波をまだ一度も体験していない人に読んで頂きたい本です。
2011年12月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
筆者は残念ながら先日亡くなられました。先人たちの教えを受け継ぎ、研究し、そして我々の世代に語り継いでくれた貴重な方を失ってしまいました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
心よりご冥福をお祈りいたします。
2016年4月6日に日本でレビュー済み
“人”よりも“現実”の方が非情なとき、私たちは、覚悟をしなければ成らない。
1つは、自分が相手を見捨てること。
1つは、自分が逃げられない状況が生まれてしまうことを覚悟すること、万事休すなら救いの手を断ち切ること、恨まないこと。
これらは、
・津波が人間が束に成ったところでどうしようもならないものである、
・確実にかけがえのないひとつの命を救う、
という意味では、共通している。
それでも、今の私だったら、
昨日まで元気で、私に愛と勇気と信頼を教えてくれた人が、別れの直前まで私に話しかけ、翌日ボロぞうきんのように転がっている姿を見たとき、
教えがどう言おうが自分を激しく憎むと思う。
こういうことも含めて、人間は弱い。
現実の方が圧倒的に“非情”だからこそ、
現実を理解すること、
個人や家族だけでなく、地域や自治体レベルで考えなければ救えないのを理解すること、
現実が牙を向いた時、また牙を収めた後の日常でも、
自分を大切にでき、他人を信頼できるために、
平時からお互いを大切にし合うすることが必要だろう。
1つは、自分が相手を見捨てること。
1つは、自分が逃げられない状況が生まれてしまうことを覚悟すること、万事休すなら救いの手を断ち切ること、恨まないこと。
これらは、
・津波が人間が束に成ったところでどうしようもならないものである、
・確実にかけがえのないひとつの命を救う、
という意味では、共通している。
それでも、今の私だったら、
昨日まで元気で、私に愛と勇気と信頼を教えてくれた人が、別れの直前まで私に話しかけ、翌日ボロぞうきんのように転がっている姿を見たとき、
教えがどう言おうが自分を激しく憎むと思う。
こういうことも含めて、人間は弱い。
現実の方が圧倒的に“非情”だからこそ、
現実を理解すること、
個人や家族だけでなく、地域や自治体レベルで考えなければ救えないのを理解すること、
現実が牙を向いた時、また牙を収めた後の日常でも、
自分を大切にでき、他人を信頼できるために、
平時からお互いを大切にし合うすることが必要だろう。
2011年3月30日に日本でレビュー済み
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では、津波で甚大な被害が発生しました。
津波が街を飲み込んでゆくその瞬間をテレビの中継で見ておりました。
私が住む地方でもいずれは津波の被害を伴う地震の発生が警告されておりますので
過去の被害に学ぼうと読んでみました。
詳しくは本書をお読みいただくとして、過去の悲劇を子孫達にしっかり伝えていくことが
防災の基本だな、と思いました。
明治の津波でほぼ全滅した村は、悲劇を伝える人がいなかった為に
その後の津波では他の村より多くの犠牲者を出しているそうです。
昭和19年の東南海地震では、私の母の実家のあるあたりは5mの津波が襲ったという記録が本書に掲載されておりました。
ということは、祖母はその津波を経験しているはずなのですが、母は津波の恐ろしさを聞かされた覚えが無いそうです。
これでは、次に津波が来たときに逃げ切れるのかどうか・・・。
震度2、3程度の揺れでもゆっくり長く揺れ続けた場合には津波が発生することもあるそうです。
日本では、いつ地震、津波に遭うか分りませんので
沿岸部に住んでいない方もぜひ津波の恐ろしさを学ばれるといいと思います。
今回の地震の際には、筆者は高台の病院に入院されていたそうです。
津波の研究者として、見届けようと病院の4階から眺めていたそうですが
研究者でもここまでは津波は来ないと思っていた病院まで津波が襲い
筆者もカーテンにつかまって一命を取り留めたとのことです・・・。
これまでの地震では、津波警報が出されても約2%程度の人しか避難しなかったそうですが
自分のところは大丈夫だろう、という甘い考えは捨てて
地震が発生したら迷わずすばやく高台に逃げるべきです。
例え結果50センチの津波だったとしても、いつかは大きな津波がくるかも知れないのだから。
「津波てんでんこ」は恐ろしい経験をした先人たちからのメッセージです。
津波が街を飲み込んでゆくその瞬間をテレビの中継で見ておりました。
私が住む地方でもいずれは津波の被害を伴う地震の発生が警告されておりますので
過去の被害に学ぼうと読んでみました。
詳しくは本書をお読みいただくとして、過去の悲劇を子孫達にしっかり伝えていくことが
防災の基本だな、と思いました。
明治の津波でほぼ全滅した村は、悲劇を伝える人がいなかった為に
その後の津波では他の村より多くの犠牲者を出しているそうです。
昭和19年の東南海地震では、私の母の実家のあるあたりは5mの津波が襲ったという記録が本書に掲載されておりました。
ということは、祖母はその津波を経験しているはずなのですが、母は津波の恐ろしさを聞かされた覚えが無いそうです。
これでは、次に津波が来たときに逃げ切れるのかどうか・・・。
震度2、3程度の揺れでもゆっくり長く揺れ続けた場合には津波が発生することもあるそうです。
日本では、いつ地震、津波に遭うか分りませんので
沿岸部に住んでいない方もぜひ津波の恐ろしさを学ばれるといいと思います。
今回の地震の際には、筆者は高台の病院に入院されていたそうです。
津波の研究者として、見届けようと病院の4階から眺めていたそうですが
研究者でもここまでは津波は来ないと思っていた病院まで津波が襲い
筆者もカーテンにつかまって一命を取り留めたとのことです・・・。
これまでの地震では、津波警報が出されても約2%程度の人しか避難しなかったそうですが
自分のところは大丈夫だろう、という甘い考えは捨てて
地震が発生したら迷わずすばやく高台に逃げるべきです。
例え結果50センチの津波だったとしても、いつかは大きな津波がくるかも知れないのだから。
「津波てんでんこ」は恐ろしい経験をした先人たちからのメッセージです。
2011年4月1日に日本でレビュー済み
岩手県田野畑村 海抜24mに20トン津波石があるとのこと。
写真が掲載されています。もし写真がなかったら,ピンと来ていなかったかもしれません。
実物を見たことがある人たちはどう感じたのでしょうか。
「凄まじいスピードと破壊力の塊である津浪から逃れて助かるためには,薄情なようではあっても,親でも子でも兄弟でも,人のことなどはかまわずに,てんでんばらばらに,分,秒を争うようにして素早く,しかも急いで速く逃げなさい,これが一人でも多くの人が津浪から身を守り,犠牲者を少なくする方法です」という哀しい教えが「津波てんでんこ」
自動車での避難はあらかじめ合意しておくことが大切だとの事。
避難途中で,寄ったために亡くなられた話は悲しい。
どうやって語り継ぐべきか「津波てんでんこ」
写真が掲載されています。もし写真がなかったら,ピンと来ていなかったかもしれません。
実物を見たことがある人たちはどう感じたのでしょうか。
「凄まじいスピードと破壊力の塊である津浪から逃れて助かるためには,薄情なようではあっても,親でも子でも兄弟でも,人のことなどはかまわずに,てんでんばらばらに,分,秒を争うようにして素早く,しかも急いで速く逃げなさい,これが一人でも多くの人が津浪から身を守り,犠牲者を少なくする方法です」という哀しい教えが「津波てんでんこ」
自動車での避難はあらかじめ合意しておくことが大切だとの事。
避難途中で,寄ったために亡くなられた話は悲しい。
どうやって語り継ぐべきか「津波てんでんこ」
2011年5月28日に日本でレビュー済み
いい本である。3/11の前にも実は津波の知見はこんなにあったし、人はこんなにも忘れやすいものかと思わせる本。
三陸津波の後の写真は、今度の津波の被災後と全く同じ風景。
また、明治三陸津波で2万2千人が亡くなっており、現代になっても死者は減らせなかったという悲しい現実がそこにあることが分かる。
津波てんでんこは、津波が来るときは親兄弟構わず銘々ばらばらに逃げなさいという教訓を含む意味らしい。本書の中でも、そうしないで逃げ遅れて亡くなった人の悲しい話が出てくる。
今後、東海、東南海地震に伴う津波被害が予想される地域に住む人は読んでおいた方がよいと思う。
取り上げられている津波は、明治三陸津波(1896年6月、日清戦争戦勝後、遡上高38m)、関東大地震津波(1923年9月)、昭和三陸津波(1932年3月、28m、死亡行方不明3000人)、東南海地震津波(1944年12月、戦時中で被害が隠蔽された)、南海地震津波(1946年12月、戦後の混乱で救援が十分でなかったとか)、チリ津波(1960年)、日本海中部地震津波(1983年5月、14m)、北海道南西沖地震津波(1993年7月)の8つである。
経験者が、むしろ死んだりしているという分析は意外だが、人間は前のパターンで楽観的に分析して、それが命取りになることもままあるようだ。
異常な引き潮がなくても津波が来ることがあるというのは、それはそれで怖い。
住宅の高所移転が一部を除いてうまくいかなかったことも書いてある。地域住民の理解が得られないこと、山火事にあったことで、吉浜村以外頓挫したという(明治三陸津波の後)。
また、昭和三陸津波の後、防潮堤という選択肢を選んだ田老村のような選択もあったあったという。これは、移転できる高台がなかったということもあるようだ。
教訓をどう残していくかが大事だが、「 津波!!命を救った稲むらの火 」が小学校教科書に載っていたが、どこかで落ちたという。なぜ、それが教科書に載ることになったかを理解しない人がいたのだろうか。
しかし、今回の津波が自分のイメージともっとも違っていたことは、波が押し寄せてくるところまではイメージ通りだったが、その後、波が何回も打ち寄せ海面が10m以上も高くなった状態が長く続き、皆溺死してしまうということである。
要は一過性、一瞬の話ではないということを、誰もが認識していなかったということのように思う。本書もそういう点では、事前の警告としてはインパクトが弱い面があったかもしれない。
三陸津波の後の写真は、今度の津波の被災後と全く同じ風景。
また、明治三陸津波で2万2千人が亡くなっており、現代になっても死者は減らせなかったという悲しい現実がそこにあることが分かる。
津波てんでんこは、津波が来るときは親兄弟構わず銘々ばらばらに逃げなさいという教訓を含む意味らしい。本書の中でも、そうしないで逃げ遅れて亡くなった人の悲しい話が出てくる。
今後、東海、東南海地震に伴う津波被害が予想される地域に住む人は読んでおいた方がよいと思う。
取り上げられている津波は、明治三陸津波(1896年6月、日清戦争戦勝後、遡上高38m)、関東大地震津波(1923年9月)、昭和三陸津波(1932年3月、28m、死亡行方不明3000人)、東南海地震津波(1944年12月、戦時中で被害が隠蔽された)、南海地震津波(1946年12月、戦後の混乱で救援が十分でなかったとか)、チリ津波(1960年)、日本海中部地震津波(1983年5月、14m)、北海道南西沖地震津波(1993年7月)の8つである。
経験者が、むしろ死んだりしているという分析は意外だが、人間は前のパターンで楽観的に分析して、それが命取りになることもままあるようだ。
異常な引き潮がなくても津波が来ることがあるというのは、それはそれで怖い。
住宅の高所移転が一部を除いてうまくいかなかったことも書いてある。地域住民の理解が得られないこと、山火事にあったことで、吉浜村以外頓挫したという(明治三陸津波の後)。
また、昭和三陸津波の後、防潮堤という選択肢を選んだ田老村のような選択もあったあったという。これは、移転できる高台がなかったということもあるようだ。
教訓をどう残していくかが大事だが、「 津波!!命を救った稲むらの火 」が小学校教科書に載っていたが、どこかで落ちたという。なぜ、それが教科書に載ることになったかを理解しない人がいたのだろうか。
しかし、今回の津波が自分のイメージともっとも違っていたことは、波が押し寄せてくるところまではイメージ通りだったが、その後、波が何回も打ち寄せ海面が10m以上も高くなった状態が長く続き、皆溺死してしまうということである。
要は一過性、一瞬の話ではないということを、誰もが認識していなかったということのように思う。本書もそういう点では、事前の警告としてはインパクトが弱い面があったかもしれない。