「解説」で、若島正さんが「こんな小説はこれまで読んだことがない・・・ボラーニョは新しい」と書いています。
しかし、私は、この短篇集を読みながら、既視感につきまとわれていました。
詩=文学しか拠りどころのない人物が、さまざまな場所を、というよりは「語り」そのものの外と内を流浪していく。そのような物語は数々あります。本書中の、たとえば「一九七八年の日々」とか「フランス、ベルギー放浪」を読んでいると、ヘンリー・ミラーの『北回帰線』が、遠い記憶の彼方からよみがえってきました。ヘミングウェイやジョイスなど、1920年代から30年代にかけてパリにいた作家たちが、その後に続いて姿を現します。デラシネ、エグザイルの文学は新しくはありません。
死者が語り手となる「帰還」を読んですぐに思い出すのは、ミュリエル・スパークの短編「ポートベロー通り」(ほかにもいろいろあったなあ、とは思うのですが、タイトルや作家名までは思い出せないので、とりあえずこれ)。「エンリケ・リンとの邂逅」のような、死者との出逢いを描く小説は、山ほどの前例があります。
この趣向も新しくはない。
でも、「新しくない」から「読む価値がない」とは言えません。優れた作家は古い枠組みやパターンに新たな生命を吹き込むからです。この短篇集ほど「詩」すなわち「文学」に真正面から向き合おうとした「文学」は、かなり珍しいでしょう。メタフィクションへの取り組みの正攻法ぶり、生真面目さこそが新しいのかもしれません。
本書に収められた13の短編の中では、「ゴメス・パラシオ」と「写真」が最も印象的でした。ゴメス・パラシオとは、メキシコ北部にある田舎町の名前。そこにある「創作教室」で短期間教えることになった「僕」が語ります。私が驚いたのは、こんな荒野の一角に「創作教室」があること、詩=文学が生きていることでした。
「写真」は「アフリカで道に迷ったアルトゥーロ・ベラーノ」が、「人間からも神の手からも見放された」村で、なぜか出逢った『一九四五年以降のフランス語現代詩』という分厚い本のページを繰っていくだけの話。その本には「フランス語で書いている世界中のあらゆる詩人たちに関する短い文章」とその詩人の写真が載っている(「訳者あとがき」によると、ほんとうにある本なんですね)。ベラーノ(=ボラーニョ)は、詩人たちの(作品ではなく)写真を次々に見ながら、さまざまに瞑想する。地の果ての、文学とはおよそ無縁のはずの空間で、彼が向き合っているのは、もちろん写真ではなく、文学そのものなのです。
「訳者あとがき」で、「ボラーニョがフィリップ・K・ディックの愛読者であったことは有名だ」ということを知り(そんな「有名な」ことを知らなくて、すみません、ボラーニョを読むのは初めてなものですから)、私が感じた既視感の真の源がわかりました。「帰還」の死んだ語り手が感じる、「死ぬと現実世界がほんの少しずれる」という感覚がボラーニョ体験をそのまま表すものとすれば、それは現実世界とディックのSF世界との微妙な乖離の感覚とそっくりなのです。
「世界」と「文学」との関係を追求するボラーニョのこの短篇集は、たぶん詩によってしか表現できないものを小説という媒体で書こうとしたために、エピファニーの瞬間が訪れそうで訪れず、果てしなく遅延されていきます。(たとえば、「ゴメス・パラシオ」で「所長」が語り手に見せたものは、啓示ではなく、ヘッドライトの残光に過ぎないかもしれず、「ブーバ」でブーバが行っていた秘儀は、解き明かされないまま、ブーバ自身もあっけなく死んでしまう。)
それもあり、一般読者にとってけっして読みやすいとはいえないこともあって、評価を「4」にしました。しかし、この13の短編の一つ一つが相互に共鳴し合う様を見ると、彼の文学の「総体」を把握したとき、つまり、彼が書き遺したすべてとはいかなくても、少なくとも主要な作品のすべてを読んだとき、一つの巨大な小説=文学がたちあらわれるような、今まで経験したことのないエピファニーが体験できるような予感がしました。いつか(近いうちに)、『2666』を読んでみようと思います。
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売女の人殺し (ボラーニョ・コレクション) 単行本 – 2013/10/2
ロベルト ボラーニョ
(著),
松本 健二
(翻訳)
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恐怖と悪夢、その背後にある笑いと底知れぬ悲哀。ボラーニョの分身とされるおなじみ〈B〉やアルトゥーロ・ベラーノらがふたたび登場する13篇。貴重な自伝的エピソードも含む、生前最後の短篇集。
「女ってのは売女の人殺しよ、マックス、立ち枯れた木の上から地平線を見つめている凍えた猿、闇のなかで泣きながら、決して口にすることのできない言葉を求めながらあなたを探しているお姫さまなの。わたしたちは誤解のなかに生き、人生のサイクルをつくり上げているのよ」──「売女の人殺し」より
[目次]
目玉のシルバ
ゴメス・パラシオ
この世で最後の夕暮れ
一九七八年の日々
フランス、ベルギー放浪
ラロ・クーラの予見
売女の人殺し
帰還
ブーバ
歯医者
写真
ダンスカード
エンリケ・リンとの邂逅
解説 若島正
訳者あとがき
[原題]PUTAS ASESINAS
「女ってのは売女の人殺しよ、マックス、立ち枯れた木の上から地平線を見つめている凍えた猿、闇のなかで泣きながら、決して口にすることのできない言葉を求めながらあなたを探しているお姫さまなの。わたしたちは誤解のなかに生き、人生のサイクルをつくり上げているのよ」──「売女の人殺し」より
[目次]
目玉のシルバ
ゴメス・パラシオ
この世で最後の夕暮れ
一九七八年の日々
フランス、ベルギー放浪
ラロ・クーラの予見
売女の人殺し
帰還
ブーバ
歯医者
写真
ダンスカード
エンリケ・リンとの邂逅
解説 若島正
訳者あとがき
[原題]PUTAS ASESINAS
- 本の長さ280ページ
- 言語日本語
- 出版社白水社
- 発売日2013/10/2
- 寸法13.8 x 2.4 x 19.5 cm
- ISBN-104560092621
- ISBN-13978-4560092620
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著者について
ロベルト・ボラーニョ Roberto Bolaño(1953―2003)
1953年、チリのサンティアゴに生まれる。1968年、一家でメキシコに移住。1973年、チリに一時帰国し、ピノチェトによる軍事クーデターに遭遇したとされる。翌74年、メキシコへ戻る。その後、エルサルバドル、フランス、スペインなどを放浪。77年以降、およそ四半世紀にわたってスペインに居を定める。1984年に小説家としてデビュー、短篇集『通話』、長篇『野生の探偵たち』(いずれも白水社刊)など、精力的に作品を発表する。2003年、50歳の若さで死去。2004年、遺作『2666』が刊行され、バルセロナ市賞、サランボー賞などを受賞。ボラーニョ文学の集大成として高い評価を受け、10以上の言語に翻訳された。
訳者:松本 健二(まつもと けんじ)
1968年生まれ。大阪大学言語文化研究科准教授。ラテンアメリカ文学研究。訳書にR・ボラーニョ『通話』、A・サンブラ『盆栽/木々の私生活』(以上、白水社)など。
1953年、チリのサンティアゴに生まれる。1968年、一家でメキシコに移住。1973年、チリに一時帰国し、ピノチェトによる軍事クーデターに遭遇したとされる。翌74年、メキシコへ戻る。その後、エルサルバドル、フランス、スペインなどを放浪。77年以降、およそ四半世紀にわたってスペインに居を定める。1984年に小説家としてデビュー、短篇集『通話』、長篇『野生の探偵たち』(いずれも白水社刊)など、精力的に作品を発表する。2003年、50歳の若さで死去。2004年、遺作『2666』が刊行され、バルセロナ市賞、サランボー賞などを受賞。ボラーニョ文学の集大成として高い評価を受け、10以上の言語に翻訳された。
訳者:松本 健二(まつもと けんじ)
1968年生まれ。大阪大学言語文化研究科准教授。ラテンアメリカ文学研究。訳書にR・ボラーニョ『通話』、A・サンブラ『盆栽/木々の私生活』(以上、白水社)など。
登録情報
- 出版社 : 白水社 (2013/10/2)
- 発売日 : 2013/10/2
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 280ページ
- ISBN-10 : 4560092621
- ISBN-13 : 978-4560092620
- 寸法 : 13.8 x 2.4 x 19.5 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 864,164位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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- - 291位スペイン文学
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