エリア・スタディーズシリーズは何冊か持っていますが、ほぼ一気に完読したのは初めてです。
本シリーズは基本的に旅行/駐在/出張/特にその国や地域に関心のある方のための、地理区分に則った本なので、本書も例外ではありません。現代世界に広範に現存するテュルク系の人々が対象で、彼らのアインデンティティーを規定するものは何か、神話・伝承・言語・歴史・政治(イデオロギーと史学史)の各方面から解説が行われます。本シリーズの他著同様、どの章から読んでも構わない/興味のある章だけ読んでも面白く利用できる本です。ユーラシア大陸に広く住むテュルク系諸民族の簡易事典として有用です。これだけでも通常のエリア・スタディーシリーズの要件は満たしているといえるのではないかと思います(その広域ぶりはアマゾンの目次に全章名が掲載されているのでご参照ください)。
しかし、本シリーズではあまり見られない本書独自の意図/意義/編集方針が見られます。これが本書を特に面白くしています。
従来型の用語を用いるならば、本書は「世界のトルコ系諸民族とその歴史」の本といえます。一般読者にはこちらの方がわかりやすいのではないかと思います。しかし敢えて『テュルク』の語をタイトルに採用したところに本書の野心が伺えます。
検索してみると、”トルコ” 6000万件、”カザフスタン” 640万件、”ウズベキスタン” 425万件、”突厥” 260万件、”オスマン” 143万件、”ウイグル” 134万件、”乙嫁語り” 47万件、”チュルク” 9万件、”テュルク” 8万2千件となっており、『テュルク』をタイトルに用いるのは、明らかにパブリシティ/認知度/販促の各面で不利なのにも関わらず、本書は敢えて「テュルク」を採用しています。
では”テュルク”とは何なのか。
「トルコ系諸民族のことでしょ」
私も読む前はそう考えていました。単に原音に忠実な表記にしただけなのだと。しかし読み進めていくと、そう単純な話ではないように思えるようになりました。
本書を読み進めていくと、トルコ系言語を用いているがエスニシティはギリシア人/アルメニア人/ユダヤ人である人々、19世紀に学者にその言語がトルコ系であると発見/認定されたり、政治化されるまでトルコ系意識のまったくなかった人々(殆どが該当する)、トルコ語化した元は別言語族の人々、トルコ語を利用しなくなってもトルコ系アイデンティティを持ち続けた人々、近代になって伝承を輸入した人々等々様々な集団が登場します。「トルコ系諸民族」という概念では納まりきらない印象を強く受けました。更に重要なことは、「トルコ」という用語は16世紀に西欧から日本に入った概念・発音で、現在の日本では基本的にトルコ共和国とその国民を示す単語となっており、その言葉が既に強力な概念・政治的イデオロギーを帯びていることです。この様な背景もあり、トルコ系民族と言語と歴史の総体を示す原音に近い『テュルク』を採用し、できる限りイデオロギーから離れて「テュルクといういわば時空を越えた超越的な存在(p4)」を描き出すのが本書の目的のひとつであると理解しました(英語でもトルコ人=Turkish/テュルク諸民族=Turkicだそうです)。
本書の主張する『テュルク』の概念を一言で表現する単語は日本語では存在しないように思えます。編者は、「テュルクという認識」さえ、「テュルク学の成果に基づいて形作られた(p4)」と記載しています。この意味で、編者がp6で「テュルクを知れば世界がわかる」と述べているのは、テュルクを知ればユーラシアの大半の歴史がわかる」というだけではなく、「世界史の構造」もわかる、という意味にも解せるものがありました。『トルコ』を『テュルク』に脱構築することを名実ともに目指した、「テュルクとは何か」、を知るための61章なのだ、というのが読後感じた「本書を特に面白くしている」ポイントなのだと思いました。
次に、あるとよかったと感じた部分を記載したいと思います。
1.中国におけるテュルクの記載
1)本書は現在の国・地域を扱うエリア・スタディーズなので、既に滅亡した民族についての記載がないのは仕方がないのかも知れませんが、突厥の後裔が、中国史上の五代十国の五代のうちの三代の中華正統王朝となった件
2)天山ウイグル国と甘州ウイグル王国について
3)甘州ウイグル王国の末裔である現中国甘粛省の西ユグール族(仏教徒)
2.日本における東アジアのテュルク研究史
3.テュルク諸民族アイデンティティーメッシュマップ
テュルク語を失った民族やキリスト教やユダヤ教化した民族でも古代の伝承を継承しているのか、共有している同じ伝承や物語はずっと伝承してきたものなのか、近代に入り伝播したものなのか、などテュルク・アイデンティティーを規定している各項目と各諸族のメッシュマップがあると、より整理して頭に入りやすかったかも。
最後に。
本書の最終章でも登場している人気漫画『
乙嫁語り 1巻<乙嫁語り> (ビームコミックス(ハルタ))
』では、冒頭からテュルクの語が用いられています。アマゾンで”テュルク”で検索すると、4冊しかヒットしません(残りは作曲家と作家のテュルク氏の本だけ)。本書の出版を契機に”テュルク”が日本の一般読書界に広まることを願う次第です。
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テュルクを知るための61章 (エリア・スタディーズ148) 単行本(ソフトカバー) – 2016/8/20
小松 久男
(著, 編集)
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ユーラシア大陸を舞台に、歴史上活躍してきたテュルク(トルコ)民族。現在も広範な地域に分布して暮らす彼らを、その起源から、言語・文学、世界史上で果たした役割や日本とのかかわりを説明するとともに、包括的に紹介する初めての入門書。
- 本の長さ392ページ
- 言語日本語
- 出版社明石書店
- 発売日2016/8/20
- 寸法13 x 2 x 18.9 cm
- ISBN-10475034396X
- ISBN-13978-4750343969
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商品の説明
著者について
小松 久男(こまつ ひさお)
東京外国語大学大学院総合国際学研究院特任教授。東京大学名誉教授。
【主要著書・論文】
『革命の中央アジア――あるジャディードの肖像』東京大学出版会、1996年
『中央ユーラシア史』〈新版世界各国史4〉山川出版社、2000年(編著)
『岩波イスラーム辞典』岩波書店、2002年(共編)
『中央ユーラシアを知る事典』平凡社、2005年(共編著)
『イブラヒム、日本への旅――ロシア・オスマン帝国・日本』刀水書房、2008年
『記憶とユートピア』〈ユーラシア世界3〉(共編著)、東京大学出版会、2012年
『激動の中のイスラーム―中央アジア近現代史』山川出版社、2014年
Islam in Politics in Russia and Central Asia (Early Eighteenth to Late Twentieth Centuries), Kegan Paul: London・New York・Bahrain (共編著)
Intellectuals in the Modern Islamic World: Transmission, transformation, communication, Routledge: London and New York, 2006 (共編著)
東京外国語大学大学院総合国際学研究院特任教授。東京大学名誉教授。
【主要著書・論文】
『革命の中央アジア――あるジャディードの肖像』東京大学出版会、1996年
『中央ユーラシア史』〈新版世界各国史4〉山川出版社、2000年(編著)
『岩波イスラーム辞典』岩波書店、2002年(共編)
『中央ユーラシアを知る事典』平凡社、2005年(共編著)
『イブラヒム、日本への旅――ロシア・オスマン帝国・日本』刀水書房、2008年
『記憶とユートピア』〈ユーラシア世界3〉(共編著)、東京大学出版会、2012年
『激動の中のイスラーム―中央アジア近現代史』山川出版社、2014年
Islam in Politics in Russia and Central Asia (Early Eighteenth to Late Twentieth Centuries), Kegan Paul: London・New York・Bahrain (共編著)
Intellectuals in the Modern Islamic World: Transmission, transformation, communication, Routledge: London and New York, 2006 (共編著)
登録情報
- 出版社 : 明石書店 (2016/8/20)
- 発売日 : 2016/8/20
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 392ページ
- ISBN-10 : 475034396X
- ISBN-13 : 978-4750343969
- 寸法 : 13 x 2 x 18.9 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 398,972位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 172位アジア・アフリカの地理・地域研究
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2016年11月29日に日本でレビュー済み
2017年8月20日に日本でレビュー済み
現存の国家をベースにした巻がほとんどの「エリア・スタディーズ」だが、本書は「テュルク」に関して横断的に論じたユニークな1冊。
本書で対象とされている「テュルク」とは、一般的には「トルコ系の民族や言語の総称」を指すようだが、本書においては、「はじめに」の付記で述べられているように「トルコ系」という表記はあえて使っていない。「トルコ系」という表現は「現在のトルコ共和国やトルコ語、トルコ人」のニュアンスが強くなるからという判断のようだが、賢明な措置と言えるだろう。ただ、その「代償」として、「テュルク」という耳慣れない表記を使う事で本書がスルーされてしまう懸念も無きにしも非ずで、このあたりは難しいポイントではある。
本書でとり上げられている「テュルク」に関する様々な検証やエピソードは、地理的には今日の中央アジア諸国、ロシア、トルコ、カスピ海や黒海の沿岸諸国にとどまらず、東は中国・モンゴルから、西はエジプトまでの極めて広いエリアに亘っていて、「テュルク」の影響力の大きさを実感させる。話題が広範囲にわたっている分、本書は「初心者向き」とは言い難い。上記のエリア(の国々)についての基本的な歴史、地理的な知識はあらかじめ持っていないと、読み進むのに一苦労する可能性もあるので念のため。
巻末の「テュルク世界と日本」は特に興味深く、自分には新たな発見ばかりであった。「煎餅(せんべい)」のルーツが実は中央アジアの「ナン」であるという説(P.349~)には瞠目させられたが、何と言ってもビックリはユセフ・トルコとロイ・ジェームスという、ある年代以上の方には実に懐かしい名前が登場する事だ。この2人の名前に「エリア・スタディーズ」で接する事になるとは想像もしなかったが、彼らがタタール系であったとは、考えた事もなかった。彼らの出自には、戦前の日本の大陸政策が大きく関わっているのだが、なるほどと感心させられる事ばかりであった。
「一般的」な内容とは言い難いが、ユニークかつ貴重な情報の多い1冊としてお薦めしたい。
本書で対象とされている「テュルク」とは、一般的には「トルコ系の民族や言語の総称」を指すようだが、本書においては、「はじめに」の付記で述べられているように「トルコ系」という表記はあえて使っていない。「トルコ系」という表現は「現在のトルコ共和国やトルコ語、トルコ人」のニュアンスが強くなるからという判断のようだが、賢明な措置と言えるだろう。ただ、その「代償」として、「テュルク」という耳慣れない表記を使う事で本書がスルーされてしまう懸念も無きにしも非ずで、このあたりは難しいポイントではある。
本書でとり上げられている「テュルク」に関する様々な検証やエピソードは、地理的には今日の中央アジア諸国、ロシア、トルコ、カスピ海や黒海の沿岸諸国にとどまらず、東は中国・モンゴルから、西はエジプトまでの極めて広いエリアに亘っていて、「テュルク」の影響力の大きさを実感させる。話題が広範囲にわたっている分、本書は「初心者向き」とは言い難い。上記のエリア(の国々)についての基本的な歴史、地理的な知識はあらかじめ持っていないと、読み進むのに一苦労する可能性もあるので念のため。
巻末の「テュルク世界と日本」は特に興味深く、自分には新たな発見ばかりであった。「煎餅(せんべい)」のルーツが実は中央アジアの「ナン」であるという説(P.349~)には瞠目させられたが、何と言ってもビックリはユセフ・トルコとロイ・ジェームスという、ある年代以上の方には実に懐かしい名前が登場する事だ。この2人の名前に「エリア・スタディーズ」で接する事になるとは想像もしなかったが、彼らがタタール系であったとは、考えた事もなかった。彼らの出自には、戦前の日本の大陸政策が大きく関わっているのだが、なるほどと感心させられる事ばかりであった。
「一般的」な内容とは言い難いが、ユニークかつ貴重な情報の多い1冊としてお薦めしたい。
2016年10月7日に日本でレビュー済み
第一に、面白かった。興味津々で読み進むことができた。
各章の振り分けが良かった。
まず、記憶と系譜、信仰。2章が文学と言語。3番目がテュルク系諸民族。それからイデオロギーと政治、歴史、文化、言語に関する研究、最後に日本との関わりとなっている。はじめは拾い読みをしていたが、結局、全部読むことになった。
ウイグル人がテュルク系民族に含まれていることを初めて知った。中国に含まれるとばかり思っていたのだ。
冒頭の「蒼き狼」の伝説を読んで、井上靖の『蒼き狼』で焼きついているイメージから、大きく広がり、さらに蒼き狼がハイイロオオカミと変換されたことによって、一層世界が広くなった。
今まで漠然と蓄積してきた知識のうち、ある部分が確定され、修正されたが、こんなに知らない世界だったのだ、と改めて驚いたが、同時に、とても身近な存在に感じられた。
最後の61章が良かった。
特にサブカルの部分、幾つかの漫画を紹介してくれている。早速読んでみようと思った。
ただ、テュルクという表記に馴染みがないためか、ピンとこなかった。英語のほうがハッキリ分かった。
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まず、記憶と系譜、信仰。2章が文学と言語。3番目がテュルク系諸民族。それからイデオロギーと政治、歴史、文化、言語に関する研究、最後に日本との関わりとなっている。はじめは拾い読みをしていたが、結局、全部読むことになった。
ウイグル人がテュルク系民族に含まれていることを初めて知った。中国に含まれるとばかり思っていたのだ。
冒頭の「蒼き狼」の伝説を読んで、井上靖の『蒼き狼』で焼きついているイメージから、大きく広がり、さらに蒼き狼がハイイロオオカミと変換されたことによって、一層世界が広くなった。
今まで漠然と蓄積してきた知識のうち、ある部分が確定され、修正されたが、こんなに知らない世界だったのだ、と改めて驚いたが、同時に、とても身近な存在に感じられた。
最後の61章が良かった。
特にサブカルの部分、幾つかの漫画を紹介してくれている。早速読んでみようと思った。
ただ、テュルクという表記に馴染みがないためか、ピンとこなかった。英語のほうがハッキリ分かった。