著者の 山口宗之 九州大学名誉教授・久留米工業大学名誉教授は、幕末史を専門とする国史学者です。第一線を退いた後に「帝国陸軍と帝国海軍の、将校・士官の人事制度」に焦点を絞り、各種のデータを分析した結果を本書にまとめました。
本書で、客観性のある「データ」で示された「私が知らなかった事実」は下記のようなものがあります。
1) 陸軍では、陸大卒の天保銭組でない限り、将官への昇進は不可能に近い (無天の将官は士官候補生【士候】同期の1パーセント程度に留まる) という『通説』は誤り。実際は、無天の将官は、士候同期の10パーセント程度になる場合が多かった。
2) 陸軍では「砲工学校優等卒業者」は天保銭組と同等に扱われたとされているが、「陸士卒業後に大学に派遣されて学士号・博士号を取得した者」も、同じく天保銭組と同等に扱われた。陸軍では、「技術大将」の枠があったようで、「技術畑の要職を歴任した陸大卒でない大将」が何人かいる。
※ 以下は本書では述べられていませんが、参考として記します。
A) 海軍では、兵学校を卒業して順調に昇進した者だけが、大将、または「親補職」(海軍大臣、軍令部総長、軍事参議官、海上護衛総司令官、海軍総隊総司令官、聯合艦隊司令長官、艦隊・鎮守府・警備府司令長官など)に就く可能性を有した。
B) 海軍では、兵学校の卒業席次が首席 (クラスヘッド) であり、その後の勤務成績が問題なくても、大学に派遣されて技術を学んで、例えば「火薬の専門家」になり、工廠関係にずっと勤務したような場合は、中将昇進はクラスヘッドの慣例どおりに海兵同期のトップであっても、大将には昇進せず予備役編入されました。
C) 機関学校を出た機関将校は、制度上は、将官になると兵学校出身の兵科将校と区別がなくなりましたが、人事慣例上、大将には昇進できませんでした。
D) 経理学校を出た主計科士官(時代により、一般の大学や商業専門学校から、技術士官・軍医科士官と同様に採用したこともあり)は、主計中将までしか階級がありませんでした。
E) 帝国大学工学部に在学中に海軍依託学生試験に合格し、大学卒業と同時に造船中尉・造機中尉・造兵中尉になった「技術士官」は、海兵のクラスヘッド同等の昇進速度で優遇されたものの、造船(造機・造兵)中将までしか階級がありませんでした。
F) 大学医学部、医学専門学校に海軍軍医学生試験に合格し、大学(医専)卒業と同時に軍医中尉(軍医少尉)になった軍医科士官も、軍医中将までしか階級がありませんでした。
G)薬剤師資格を持つ薬剤科士官、歯科医師資格を持つ歯科医科士官は、それぞれ薬剤少将、歯科少将までしか階級がなく、技術士官・軍医科士官よりワンランク低い待遇に留まっていました。
H) 法務科士官(高等文官試験司法科に合格していることを要す)、海軍高等文官(概ね、大学または工業高等専門学校卒)は、稀に中将相当の高等官一等まで昇進しました。
本書の、海軍に関する記述の不足と、若干の間違いを補ってくれる書として、雨倉孝之氏が光人社から上梓している三冊の本、
海軍アドミラル軍制物語
・
帝国海軍士官入門―ネーバル・オフィサー徹底研究 (光人社NF文庫)
・後述する
帝国海軍下士官兵入門―ジョンベラ気質徹底研究 (光人社NF文庫)
を推薦します。
3) 海軍では、兵卒から累進した特務士官が、生徒出身の正規ルートの士官と厳しく差別されたことが知られているが、戦時中に大量に採用された学徒出身の予備士官に対しても、生徒出身士官との様々な差別がなされた。一方、陸軍では、兵卒から少尉候補者に選抜されて将校になった者、幹部候補生を経て予備役将校になり、特別志願して現役将校となった者を、正規ルートの将校 (士官候補生出身者) と、少なくとも制度上は差別なく扱った。
4) 大東亜戦争では多数の「学徒将校(士官)」(陸軍では甲種幹部候補生出身者など、海軍では予備学生出身者など)が誕生した。海軍では、海兵卒の士官が学徒士官を合理的理由なく侮辱したり暴力を振るった事例がいくつも記録されている。陸軍ではそのような事例は稀であり、学徒将校が、士官候補生出身将校や少尉候補者出身将校と融和していたことを示すエピソードがいくつもある。
5) 兵卒として陸軍または海軍に入った者が、優秀な成績を修めて陸軍将校・海軍特務士官に昇進した事例を検討すると、陸軍の方が明らかに昇進速度が速い。同じ年に一方が陸軍、一方が海軍に入った場合、陸軍で大尉になる頃、海軍でようやく特務少尉になっているくらいの差があった。
高価な書籍ですが、「データ」に裏付けられた貴重な情報が満載されている本として推薦します。
ただ、筆者は海軍の諸制度については詳しくないようで、例えば「海軍の特務士官・准士官のうち、兵学校・機関学校の専修学生過程を経た者は少数に過ぎなかった」ことをご存じないようです。兵→下士官→准士官→特務士官の昇進については
帝国海軍下士官兵入門―ジョンベラ気質徹底研究 (光人社NF文庫)
に詳しいです。

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陸軍と海軍―陸海軍将校史の研究(増補版) 単行本 – 2005/9/20
山口 宗之
(著)
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購入オプションとあわせ買い
軍事史を専門とする研究者が、当然のこととして余り関心を払わずに等閑視してきた陸 海軍の人事上の問題点、すなわち大将などの陸海軍将官への昇進問題や陸士・海兵出身以外の将校の人事的処遇の問題などについて、数量的分析をおこない再検討したところに本書の特色がある。特攻作戦において、陸軍では陸士出身少尉が初期段階から、相当数参加し戦死しているが、海軍では海兵出身少尉は温存され、学徒出身者がまず投入され戦死者のほとんどを占めている点を指摘し、海軍善玉論を批判する。このたび元版に3篇を加え増補版を送る。
- 本の長さ278ページ
- 言語日本語
- 出版社清文堂出版
- 発売日2005/9/20
- ISBN-104792405947
- ISBN-13978-4792405946
商品の説明
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登録情報
- 出版社 : 清文堂出版 (2005/9/20)
- 発売日 : 2005/9/20
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 278ページ
- ISBN-10 : 4792405947
- ISBN-13 : 978-4792405946
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,518,011位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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