アテナイ人トゥキュディデスは、未完成となったが２７年間におよぶペロポネソス戦争の記録を綴った。この戦争、ヘロドトスが描くペルシア戦争のような華々しさはなく、ひたすら地味に、ダラダラと続く。
だがそこには、人間（集団）の本性や国際政治の本質について考えさせられる挿話に満ちている。
レスボス諸市離反処理に揺れるアテナイ民会、降伏したプラタイア人を裁く戦争法廷、ケルキュラ内乱の惨状、メロス島対談におけるむき出しの権力政策、そしてシケリア遠征の顛末等々。これらはトゥキュディデスの劇的な筆致によって生々しく描かれており、歴史記録であると同時に、悲劇的な作品であるとも言えよう。彼自身、この戦争に従軍し、作戦上の責任を取らされて故国追放の憂き目にあっており、このことが作品により深い陰影をつけているのかもしれない。
本書によって、古代ギリシア世界の戦争史を堪能するもよし、国際政治のテキストとするもよし、人間の本性に思いを巡らせるもよし、そして「悲劇」に心を震わせることも……。この古典には全てがある。
なお、当然のことながら本書には古代ギリシアの地名が頻出する。本書収録の地図等を参照しながら読むと理解しやすい（第２巻の全体地図は分離しており便利）。
ただ、本書、京都大学学術出版会版、好みの問題だが訳が若干平板な感じがする。その点、久保正彰訳の岩波文庫版の方が抑揚があると思う（残念ながら品切れ）。それで星４つとした。
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