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ブラジャーをする男たちとしない女 単行本 – 2005/3/2
自由に下着が買えるようになって、女性性の部分が開花したのかもしれない。
この世は暴力に満ちている。と言っても、この地球上で起きている戦争や凶悪事件のことではありません。
何気なく暮らしている私たちの日常生活が「らしさ」の強要という見えない暴力にさらされているのではないか、ということです。
- 本の長さ139ページ
- 言語日本語
- 出版社新水社
- 発売日2005/3/2
- ISBN-104883850722
- ISBN-13978-4883850723
商品の説明
著者からのコメント
この世は暴力に満ちている。
と言っても、
この地球上で
起きている戦争や凶悪事件のことではありません・・・
(あとがきより)
出版社からのコメント
しかし、ブラ男さんがブラジャーをするのは、性的対象としてではなく、また、女性がブラジャーをしたがらない実態があるのも、単純に女性が男性化しているからというわけでもありません。
本書は、こうした現象をつぶさに拾い、彼ら、彼女らの内面や生い立ちに鋭く迫っています。
著者は言います。「文化とは暴力である」と。そこには一体、どんな意味が込められているのでしょうか?
レビュー
しかし、ブラ男さんがブラジャーをするのは、性的対象としてではなく、また、女性がブラジャーをしたがらない実態があるのも、単純に女性が男性化しているからというわけでもありません。
本書は、こうした現象をつぶさに拾い、彼ら、彼女らの内面や生い立ちに鋭く迫っています。
著者は言います。「文化とは暴力である」と。そこには一体、どんな意味が込められているのでしょうか? --「出版社からのコメント」
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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しかし、こういった考えが文化に対する暴力となってはいないだろうか。
例えばランドセルの色を男女別に色分けするのは「らしさ」の強要なので
色を統一しろなどという運動があるらしい。他にもそのような運動があるらしい。
しかしわざわざそういうことをする必要があるのだろうか?
なんといってもこれは文化に対する暴力である。
こういう文化に愛着・安心感を感じる人もまたいるというのに。(というか多数派である)
大事なのは文化を保持しつつ、ブらを着ける男性のような少数派に対しても
寛容でいられる社会を作ることではなかろうか。
それにしてもブラジャー研究家とはユニークである。
また、取材相手の男性と著者との関係も興味深いので☆三つにした。
理解する感情が生まれました。後半のネットでの議論も考えさせられました
一番いいのは、男性用の下着屋が、ブラも販売するってのがいいのかもしれません。
まだ女性には拒絶するひともいますし、世の中純粋なブラ愛用者の男性以外に
変態的な意味でのブラ好きもいるし。そういう人がお店にいるのはやっぱり
気持ち悪いですよね。なんにせよ、理解が深まる一冊です。
男性でもブラジャーを日常的に(つまり仕事中とか学校でも)着用している人が増えているそうですが、そういった話題を初めてとりあげたのがこの本の著者の青山まりさんらしいです。
彼女は、「ブラの本。」などのブラジャーに関する本を何冊かものしている方で、そういった彼女のまわりに相談してきた男性たちの声を集めたのが本書です。
相談といいましたが、逆に著者を癒してくれたり、著者の相談に乗ってくれたりする人もいて、一概に、ブラジャーをしているということで変な罪悪感にとらわれたりもしていないようで、妻帯者の人たちは、妻や子供たちにカミングアウトをして、日頃から男女差を考える教材に自らを呈しているようでさえあります。
僕はこのごろ、ハートレイトモニターというのを付けて走っているのですが、心臓の拍動数を感じ取るセンサーはベルトで胸につけるのです。位置としてはセンサーがみぞおちに来るようにしているので(実際にブラジャーをつける位置は知らないのですが)、まるでブラジャーをつけてるようなものですかねぇ?
しかも、20kmから25kmくらい走ると、乳頭がランニングシャツにこすれていたくなるのでいつもバンドエイドをするようになりました!
もしかしたら、男性用にハートレイトセンサー付きのスポーツブラなんて開発したら売れるかも知れませんね(メーカーさん、この記事見てて開発したら、ちょっともうけを恵んでくださいね)。
まじめな議論が多くて、面白いのですが、タイトルにあるブラジャーをしない女(なぜ、するほうが男たちと複数でしないのは「女」と単数なのか?)に関しては、ほとんど記載がありません(数人の例だけです)。
いずれにしろ、面白い本で、ちょっと下着の社会学の本を読みたくなってしまいました。
アニマは男性の中の抑圧された女性性、アニムスはその逆。
この本に登場するブラをする男性達は、おそらく自己の内面に存在するであろうアニマの一部のようなモノが表層に現れているのかもしれない。
それは決して悪いことではない。男性の中の女性性・女性の中の男性性というものは人間である以上必ず持ちえるものだから。多くの人はその内面を意識せずに生活している。けれど、その内面をうまく隠せない人もいる。不器用だからではなく、「個性」として成形されているからなんだろう。
この本は、その「個性」と「現代社会の常識」の狭間にいながら静かに戦い続ける男性たちのルポタージュである。
私はこの社会に必要なのは「女性専用車両」に見られるような「女性(または男性)の権利」の主張ではなく、「女だから・男だから」という、肉体的・精神的な部分ではない、社会的な偏見を払拭することなのだと思う。
聞けば、ほんの30数年前には、ある女子学生がジーンズを穿いているというそれだけの理由で大学の授業を退席させられたという。もし彼らブラをする男たちに嫌悪感を持つのは、そのことと全く同義だ。嫌悪感を持つものは言う、「社会的にどうであれ、私個人の見解でそんなものは認めない」と。その言い回しすらもきわめて「社会」的なものなのに。
歪んでいるのはブラジャーをする男でもブラジャーをしない女でもない、彼ら彼女たちを認めない社会構造なのかもしれない。
ブラジャーをする男7人とブラジャーをしない女4人がピックアップ。
個人的に身体的理由により男性がブラジャーを使用するのは認める。
でも、個人的嗜好で着用する人には、着用のいきさつや環境背景生い立ち
色々述べられても変やとしか思えない。
パットまで入れて着用するのは、趣味ではないか?
ブラジャー着用嫌悪が男性への差別と言うのなら
女性が股間にパットを入れて男性用下着を着用して、ストレス発散する。を、
反対に考えるとおかしくないだろうか?
個人的趣味を強制して止めさせることは出来ないと思うが
この行為は私は変態だとこの本から感じた。
私には、なかなか理解が難しい。自閉症やひきこもりの方が心にざっくり共感できる部分が多かったです。
そういう意味で、この世は、確かな男女格差がある社会だってことだと思う。青山まりさんは、そこを指して「文化は暴力だ」って言い切っている。すごい戦闘的で勇気のある言葉だと思うよ。最近フェミニストでも、ここまでのこと言わないから。
ブラ男さん(ブラジャーをする男たち)がブラジャーに向かったのは、無機質なサイボーグのようなスーツの下に、こっそりと身に着けられるものだったからかなって、思った。
あと、以前付き合っていた彼氏が、部屋で私のフワフワのスカートをはいて鏡の前で嬉しそうにしていたことを思い出す。レースや花柄とかきれいでかわいいものは、男も、きれいでかわいいと感じるものなんだね。
で、読んでいきながら戸惑い。
正直いって、不気味さとか、大笑いとか、嘲笑とか。
で、読み終えて。
う〜む、色々な価値観があるもんだ。
もっともっと頭を柔軟にする必要があるなぁ、と思った。
普通の(普通って事の定義が怪しい時代だけど)男性がブラをしている。
そんな男性が、どうやら相当数いるらしい。
本ではその事実とその経緯を知ることが出来る。
そして、本を読むことの意味は。
人の尊厳だとか、ジェンダーに関して自分のスタンスを確認すること。
単に興味本位で読むにはもったいない本だ。