本書は日本教育史が専門である著者が、戦後の日本の公民教科書・歴史教科書の記述内容の変遷を取り上げ、その中で日本国憲法やその成立過程を各出版社の教科書がどのように取り上げていったかに注目しております。
またその上で、その教科書内容が日本国憲法を素晴らしいものだと、あの手この手で歴史偽造を含めながら称賛し、その成立過程までねつ造し、日本国憲法の真実から目を背けさせ、法理論的には正しい日本国憲法無効論を言論空間の中から常に排斥してきたのだと主張しております。
【以下、本書のよいところ】
例えば、最初に日本の教科書が「日本国憲法」の成立について記すのは、昭和23年度中学校社会科第1学年用教科書として用いられた文部省著作『あたらしい憲法のはなし』ですが、それは以下のような記述です。
「こんどの新しい憲法は、日本国民がじぶんでつくったもので、日本国民ぜんたいの意見で、自由につくられたものであります。この国民ぜんたいの意見を知るために、昭和21年4月10日に総選挙が行われ、あたらしい国民の代表がえらばれて、その人々がこの憲法をつくったのです。それで、あたらしい憲法は、国民ぜんたいでつくったということになるのです」(3~4頁)
この”異様”な記述にある種の恐ろしさを感じるのは私だけではないでしょう。まさしく、占領中に米軍への批判など封じられた、奴隷の言葉により書かれております。
GHQが検閲や公職追放などで、日本の言論空間を支配し、自分たち米軍側の歴史認識を日本国民に強要したのはひろく知られているところです。日本国憲法が米軍主導で押し付けられたものであることに対する批判など、もってのほかで、禁止項目の一つでした。
しかし、占領が終わったその後、日本の公民教科書はGHQの指示・命令をやんわりと記載するようになったり、「示唆」と表現を変えたり、あるいはまったく触れなかったりと、明確にその真実を記載する姿勢は取りませんでした。
GHQの指示や命令を記載しても、その後国民に選ばれた議会が自由に審議して、その内容を修正したのだとストーリーを続けます。実際は、1946年の衆議院憲法改正小委員会での審議は、常にGHQの管理・監督の下に行われ、当然、記者の入場も一般議員の傍聴も許されず、会議中もいちいち会議議事録を取っていた速記係の手が止まるのです。
その速記を止めたとき、米軍将校の意見や主張が語られたいるのですが、その部分は記録に残せなかった、ということです。その速記録は1995年に半世紀近く経ってからようやく公に出版されましたが、その内容は例えば”進駐軍本部の承諾を得られるような思想の内容を持ったものを書くということになります”や”その筋の意向だそうです”とか、彼らGHQの指示や命令には従うしかないと、委員会の参加議員は常に彼らGHQの意向を気にしながら審議しているのがよく分かります。
この際、議会ではいったい何が起きていたというのか?それは、GHQの議員追放です。46年1月4日に出されたGHQの公職追放令により、まず8割もの衆議院議員が追放され、4月の総選挙への出馬資格も失ってしまう。総選挙の後も、議員追放は行われ、7月中旬までに大物議員を中心とした20名近くの衆議院議員と169名の貴族院議員が追放される。そして、東京裁判というデタラメな裁判も同時進行し、彼ら議員の中には自分たちもいつ議員を追放され、裁判にかけられ死罪に問われるかわからないというような、生命線を握られた形での「審議」を行っていたということなんです。
これをもって、いったい何が「自由な審議が行われていたので、この日本国憲法は正統なものだ」と言えるのでしょうか??
このように公民教科書が嘘物語を書く理由が、私には今までほんとうに謎だったのですが、その部分について著者は少し触れております。それは、当時貴族院議員であった宮沢俊義が考え出した8月革命説というものに関する説明です。
この8月革命説は、ポツダム宣言を受諾後、日本は自動的に憲法制定権を天皇から国民に移行させたという「革命」が起きたというとんでもないこじつけですが、これによって現行憲法が国民主権の憲法、つまり民定憲法であることの理由をともかく与えることに成功しました。しかし、そのためには国民が、国民によってえらばれた議員で構成される議会が、自分たちの自由な意思で審議して修正したという事実が必要です。
つまり、マッカーサーのGHQが憲法案を作成したのは事実としても、その後議会で自由に審議・修正が出来るのであれば、それは日本国民があくまでも選択肢の一つとして与えられたGHQ案を、自分たち自らの選択で選んだという説明が出来るわけです。
もしそれが出来なければ、現行憲法は、民定憲法でもないし、その憲法前文など中身について記載されたこともまったくつじつまが合わなくなってしまう。およそ憲法とは言えなくなってしまう。だからこそ、「自由に審議・修正した」という虚構はなんとしても成立させなくてはいけなかったのだ、という説明を小山はしております。
この点は確かになるほどなと感心しました。
【以下、本書の残念なところ】
しかし、レビューは3点をつけたいと思います。それは、小山が国民主権と全体主義という言葉を濫用し、本書をあまりにも複雑なものにしているからです。
特に国民主権に関し、「国民主権は、公民教育においては、『国民自身が政治を行うことにしたもの』と説明され、国民一般においてもそのように信じられている」(149頁)と前置きした上で、「が、このような権力的な意味の国民主権概念は、非常に危険なものである。過度の直接民主主義を生み出して議会政治を掘り崩し、ポピュリズムを生み出し、全体主義に道を開きかねないのである」(150頁)と、
あまりにも国民主権を敵視した記述をしております。そして、国民主権が全体主義とつながるとも。小山が全体主義をどのように理解しているかはあまり説明されていないのですが、ナチズムや共産主義くらいの認識をしているのだと思います。全体主義という言葉は、あのユダヤ人女性学者が、ただナチスドイツを糾弾するために作った、誤解を恐れずに言えば、『自分が気に入らないものを悪く言うためのレッテル張り』ぐらいの言葉だと思います。
未だに「全体主義がどうのこうの~」と言っているのは、日本の学者くらいでしょう。
小山はこの『レッテル張り』であるところの全体主義を本書でも散りばめ、”反日全体主義”(118頁)、”全体主義的な民主主義””全体主義的な解釈改憲運動”(114頁)”全体主義思想”(111頁)とあまりとりとめもなく、ともかく使用している様な印象を受けました。
また小山に言わせれば、戦前の日本は全体主義国家ではない(151頁)とのことです。全体主義という言葉を喜々として使う識者のほとんどは、戦前日本はなによりもまず全体主義国家だと主張するのが一般的なので、それであるならば、全体主義という言葉を使用することをそもそも止めた方がいいのではないかと思いました。
また憲法を無効にするための理由を、自由主義的な民主主義を再建するためだとも主張しております。これはほとんどの読者が首をかしげるだろうな、と思いました。そもそも『自由主義』も『民主主義』もかなり広い概念を持つ、ビッグワードなので、こういった形で「〇〇主義的な××主義」と言われたら、それを理解するのは容易ではないからです。
こういった表現をしてしまうのも、全体主義という言葉の多用もそうですが、小山の言葉の選び方が適当であいまいなところがあるのかなと感じました。
この自由主義的な民主主義とは、「政治的権威と政治的権力の分離、間接民主主義の原則、三権分立、複数政党制の保障、人権尊重主義又は国民の権利尊重主義、法治主義又は法の支配が考えられよう」(149頁)と記載がある。こういったものは現行憲法でも達成されている部分はかなりあると思います。それも一つ一つがビッグワードなので、具体的に説明されているともいいがたい。
最後に、小山はこの無効がなされたとしても、その無効確認の効力は将来に向けてのみ発生するのであり、戦後半世紀にわたって日本国が現行憲法で行ったことは全て無効であったことにされてしまうという有効論者の主張に反論しております。
私もこの小山の主張と同じで、これまでの諸国との国際条約や国内での刑事裁判の判決などすべてがひっくり返るわけではないし、実際に明治憲法下で行われて来た判決や判例が覆ったり、明治・大正時代に結んだ国際条約など日本が守らなくてもよくなったなどということは起きていません。しかし、有効論者はともかくこの点を声を大きくして主張するのですから、その点に対して無効論者としてはもう少し理論的な回答を用意しなくてはいけないのではないか、そのように思います。
そういった点がなされていないことを踏まえても、本書の評価は☆3つとしたいと思います。
※無効論自体は間違いではありません。無効論に関する小山の主張は的を射たものばかりです。ですが、もし無効論を研究されたいのなら、小山の他の無効論の著書の方が分かりやすいかと思います。

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憲法無効論とは何か: 占領憲法からの脱却 単行本 – 2006/2/1
小山 常実
(著)
- 本の長さ174ページ
- 言語日本語
- 出版社展転社
- 発売日2006/2/1
- ISBN-104886562809
- ISBN-13978-4886562807
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登録情報
- 出版社 : 展転社 (2006/2/1)
- 発売日 : 2006/2/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 174ページ
- ISBN-10 : 4886562809
- ISBN-13 : 978-4886562807
- Amazon 売れ筋ランキング: - 644,825位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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