クライスラーの曲が演奏会でしばしば取り上げられるのは、情緒表現が豊かで盛り上がりがあること、技巧的なチャレンジが出来ること、テーマが明快な聴きやすい音楽であること、など、演奏者にとっても聴衆にとってもアピールする要素が揃っているからではないでしょうか。仮令テクニック的に目標に到達できなくても、それなりに楽しめる、そんなイメージがあります。また、クライスラーは古典曲の編曲を手掛けていますが、この点では優れた翻訳者であったと思います。このマルチタレント性は彼が演奏家であった所以でしょう。
本CDはクライスラーが自ら演奏した録音を収録していますが、いわゆる「お手本」という性質のものではなくて、演奏者、そして聴衆に対するShow Caseというか提案のような、そんな印象を持っています。複雑な下絵のようなものでしょうか。多くの演奏家がクライスラーの曲を取り上げていますが、本当に十人十色ですし、そのどれもが演奏家のキャラが滲み出ているので、とても不思議です。
古い録音でダイナミックレンジも広くありませんので、音質的には詳細が分かりにくい部分もありますが、今、目前に彼が立って弾いている、そんなクライスラー自らの「プレゼン」は誰しも必聴ですね。