ブラム・ストーカー原作『吸血鬼ドラキュラ』の最初の映画化……ただし、映画化の許可がもらえなかったので、舞台をドイツに移し替えての無断映画化であります。
何しろ無声時代の作品ですから、登場人物のセリフもストーリー展開も字幕で説明。コマ送りのカクカクした動きもあいまって、音楽つきのパントマイムといったらいいか、後発の映像作品とはずいぶん空気感が異なり、映画とは別の映像芸術を見ているような不思議な気分に。
ドラキュラ伯爵ならぬオルロック伯爵は、禿頭に細身の骸骨男じみた容貌でして、ベラ・ルゴシやクリストファー・リーとは違って、ひたすら不気味。狼もコウモリも出てこない代わり、本作ではネズミが大活躍。吸血鬼が上陸するとペストが蔓延し、町がパニックに陥るという描写で吸血鬼の脅威を描いてみせたのは目を瞠らされました。もっとも、下僕もいないオルロック伯爵が、自分で棺桶を抱えて街をうろうろしていたりするシーンはけっこうシュール。
その他、後発のドラキュラ映画では手短に片づけられている船の中の展開に描写が割かれていたり、ヴァン・ヘルシング教授がいてもいなくても同じような扱いだったり、定番のドラキュラ映画のイメージで見ていると意外な印象を受ける展開もいろいろ。
役者さんの容姿は現代の感覚で見ると馴染みづらいレベルで個性的でして、時代の移り変わりをひしひしと感じます。そんな中、オルロック伯爵を演じるマックス・シュレックといい、レンフィールドの役といい、よくもまあ人間離れのした怪奇的な風貌の役者さんを集めたものだと大いに感心。
残念なのは英語字幕版のDVD化のため、後半の舞台をイギリスからドイツに移したのに(ドイツ映画だしね)オルロック伯爵以外の登場人物は原作そのままの名前に戻されているということ。オリジナルのドイツ語版はネガもプリントも差し押さえられて、もう残っていないという話ですからね……。