「とほほ」の情けない物語。
飛ぶ、飛ばす、ブッ飛ばすが、この短篇集のテーマです。
本書のタイトルは、『銀河の果ての落とし穴』
巻末の英語タイトルは、「Fly Already」
英語なら、ちょこっと分かる読者には、英語タイトルは違和感を感じます。
「Fly Already」は、この本の作品名で言えば「とっとと飛べ」でしょう。
「Fly Already」からは、どう考えても「銀河の果ての落とし穴」は出てきません。
「訳者あとがき」には、こう書かれていました。
「本書はヘブライ語版『(ヘブライ語省略)Takala Be-Ktze Ha-Galaksia』全篇を、英語版Fly Already: Storiesを参考に邦訳したものである」(223頁)
なるほど。ヘブライ語版を原本として、訳者「広岡杏子」さんはヘブライ語から日本語にしたのです。
ヘブライ語は全く分からない読者ですが、
「Ha-Galaksia」は、<ギャラクシー(銀河)>ではないかなと想像できます。
もしかしたら「Be-Ktze」の語まで〈ぼけつ(墓穴)?〉じゃないの? とゲス(の勘ぐり)しました。
ということで、英語版「Fly Already: Stories」の〈目次〉を確認してみました。
日本語版の表題作「銀河の果ての落とし穴」に相当する英語の作品名が見当たりません。
「To the Moon and Back」が、それなのかも知れません。
「これより母なる惑星へと帰還の旅を開始します」(121頁)で終わる表題作です。
「母なる惑星」とは、地球。
地球の子「月」から、「母なる惑星」地球への「帰還の旅」の物語という設定ですね。
何のための重力からの脱出、無重力の宇宙飛行だったんですか?
最後は、地球の重力に従って、落とし穴に落っこちるだけの降下。
月は、銀河の果て、ではないですよね? すると、英語版は意訳? 日本語版は直訳?
ヘブライ語版のタイトル中に、「ギャラクシー(銀河)」とあるので、
英語版はそれを「月」と解した意訳で、日本語版は「銀河」と直訳したのでは。
この本の表題作「銀河の果ての落とし穴」は、「メールのやりとり」(226頁)形式の短篇です。
「銀河の果ての落とし穴」とは、「脱出ゲーム」の名前です。
その「脱出ゲーム」(121頁)こそ、スペース・エージェントが担当するオペレーション名だったのです。
飛ばなきゃ脱出できない「脱出ゲーム」において、
最後が「帰還」というのも矛盾していて皮肉で面白い。
表題作が、この本では、一つの作品なのに、六つの部分にバラバラに分けて配置、印刷されています。
ブッ飛んだレイアウトです。変わっています。初めてです。話の流れが飛び飛びになっていて面白い。
宇宙でのミッションに関する超短編らしく、空間的、時間的に間をとるためでしょうか?
活字も、他の作品とは違う太字のゴシック体。
本書の中で、ひときわ目立ち、浮いて見える一方、
宇宙船のように小さくまとまっているようにも思えます。
アポロ11号、アポロ12号、アポロ13号のミッションのように。
表紙の「装画」も、気に入りました。
宇宙服を着た人間のヘルメットに映る、地球の台風の姿。
台風の目がくっきりと映っています。
その目は、銀河の果ての(地球の重力圏にある)落とし穴のように見えます。
宇宙の暗闇から見れば、地球そのものが「銀河の果ての落とし穴」かも。
「スペースシャトルが爆発してジョージ・クルーニーと宇宙空間に取り残された宇宙飛行士の映画をもう見に行ったか、とシクマに聞く。シクマは、まだだけど、と言って」(28頁)
この映画を頭に入れて、絵に描いたような「装画」の表紙カバーです。
映画の名前は、「ゼロ・グラビティ」(2013年公開)。だと思います。
重力がゼロなのは、宇宙。
地球上では、どこに飛んでも重力があり、飛んでも必ず着地する。
着地に失敗すれば、イテテ! が待っている。
本書『銀河の果ての落とし穴』には、飛ぶ、飛ばす、ブッ飛ばすプロットが多い。
「あとは的を外さないように前方にまっすぐ飛ぶことだ」(10頁) 簡単そう。
「的に当たる代わりにおれは上方へ飛んでいき、天幕をぶち抜いて、空へと高く高く、すべてを覆う黒い雲の層のすぐ下まで飛んでった。前にオデリアと映画を観た、廃(すた)れたドライブイン映画館の上を飛んだ。カサカサ音のするレジ袋を持ち犬を数匹連れた男がうろついているグラウンドの上を飛ぶと、ボール遊びをしていた幼いマックスが真上を飛んでいるおれを見上げて微笑みながら手をふってくれ、ゴミ箱の裏でデブ猫のタイガーが鳩を狙っているアメリカ大使館近くのヤルコン通りの上を飛んだ。その数秒後、水の中にドボンと突っ込むと」(11頁)
なんという偉大な、ブッ飛んだ短篇集でしょう!
《飛ぶ、飛ばす、ブッ飛ばす》
「あの人、飛ぼうとしてるよ」(13頁)
「今飛び降りたら、その出口のない思いをあとに残すことになる」(13頁)
「ほら、今だ! とっとと飛べ!」(14頁)
「おれはヤク中のギャグかなんかを一発飛ばし」(21頁)
「救命ボートにさっさと飛びのって人を置き去りになんかしないと感じさせるような」(30頁)
「これは家全体を支える重りで、これなしだったらはるか昔に全部空に飛んでっちゃっただろうね」(37頁)
「ブツを吸う。上物だ。俺たち二人はブッ飛ぶ」(41頁)
「人類の治療に加えて宇宙へ飛んだり、活火山も見てみたかった」(45頁)
「リドルはデパートも行きたいけど、最初はドローンを飛ばしたいと言う」(64頁)
「モノも特別なんだと言ってアキロブにアヴリのこととパイナップルクラッシュのことを話したが、クソと一緒に外に出した部分は飛ばす。マジで二十年間吸ってるけど、一度もこんな上物を吸ったことはない。何回か吸い込めばとにかくブッ飛べる」(215頁)
「脳ミソはブッ飛んでて」(216頁)
「自転車での帰り道はまだ相当ブッ飛んでて」(216頁)
昔話になりますが、
これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。
お言葉ですが、人類にとっては偉大な飛躍なのかもしれませんが、
一人の人間にとってはチッポケな一歩に過ぎないかも。
そして、再び、帰還。落とし穴に落ちる。これが飛躍の成果、重力からの脱出の報酬か。
「『金のことは気にすんな、イジョ』とおれはウィンクして大砲の砲口へと歩を進めた。『なあ頼むから、もう一度おれをブッ放してくれ』」(12頁)
重力の束縛から解放してくれ。
2019年10月、著者「エトガル・ケレット」が来日予定、とか。
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銀河の果ての落とし穴 単行本 – 2019/9/20
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購入オプションとあわせ買い
ウサギを父親だと信じる子供、レアキャラ獲得のため戦地に赴く若者、ヒトラーのクローン……奇想と笑いと悲劇が紙一重の掌篇集。
- 本の長さ240ページ
- 言語日本語
- 出版社河出書房新社
- 発売日2019/9/20
- 寸法13.8 x 2.2 x 19.8 cm
- ISBN-104309207804
- ISBN-13978-4309207803
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商品の説明
著者について
1967年イスラエル生まれ。両親はホロコースト体験者。小説に『突然ノックの音が』『クネレルのサマーキャンプ』、エッセイに『あの素晴らしき七年』。映画『ジェリー・フィッシュ』でカンヌ映画祭新人監督賞。
登録情報
- 出版社 : 河出書房新社 (2019/9/20)
- 発売日 : 2019/9/20
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 240ページ
- ISBN-10 : 4309207804
- ISBN-13 : 978-4309207803
- 寸法 : 13.8 x 2.2 x 19.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 169,121位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 15,425位文芸作品
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年10月4日に日本でレビュー済み
2019年10月23日に日本でレビュー済み
エトガル・ケレットはエッセイ集「あの素晴らしき七年」から入り、その後「突然ノックの音が」を読んだのですが、その独特な朗読のような語り口で不条理な状況が投げだされる作品は、そこまで好きになれず、ただ継続して読みたい作家とは認識していました。
その後刊行された「クネレルのサマーキャンプ」は、若い頃の作品ということもあり、不条理が投げ出されるというより、そこに至る感性の動きのほうがテーマとして大きいように思い、私としては「突然ノックの音が」よりも面白く読みました。
で、本書。私としては上にあげた2冊よりもさらに上に感じられます。
不条理な状況は「クネレルのサマーキャンプ」各作品より練られていて、それが「突然ノックの音が」各作品のようにポンと投げ出されるのではなく、最後に主体となる人物の感懐というか、考察というか、それが非常に短い言葉でキレよく提示されている作品が多く、その分それぞれの味わいに明確な違いと深みが与えられた、という印象です。
作家としての脂が乗ってきて作品にその充実ぶりが表れている気がする、というのは部外者として勝手な感想すぎるでしょうか...
カバーイラストがこれまでより派手になったこともあり、過去作品を読まずに本書を手に取られた方も多いかと思います。
本書がベストとは思いますが、「クネレル」「突然ノックの」の順に過去の版も読むと、味わいの微妙な変遷も楽しめると思います。
その後刊行された「クネレルのサマーキャンプ」は、若い頃の作品ということもあり、不条理が投げ出されるというより、そこに至る感性の動きのほうがテーマとして大きいように思い、私としては「突然ノックの音が」よりも面白く読みました。
で、本書。私としては上にあげた2冊よりもさらに上に感じられます。
不条理な状況は「クネレルのサマーキャンプ」各作品より練られていて、それが「突然ノックの音が」各作品のようにポンと投げ出されるのではなく、最後に主体となる人物の感懐というか、考察というか、それが非常に短い言葉でキレよく提示されている作品が多く、その分それぞれの味わいに明確な違いと深みが与えられた、という印象です。
作家としての脂が乗ってきて作品にその充実ぶりが表れている気がする、というのは部外者として勝手な感想すぎるでしょうか...
カバーイラストがこれまでより派手になったこともあり、過去作品を読まずに本書を手に取られた方も多いかと思います。
本書がベストとは思いますが、「クネレル」「突然ノックの」の順に過去の版も読むと、味わいの微妙な変遷も楽しめると思います。
2019年9月29日に日本でレビュー済み
表紙がかっこよく、一見すると全編通してSFかのような印象を受けがち
ですが、本作品は短編集のため、SF要素を含んでいるのはごく一部のものです
ポケモンGOをパロディして、戦場でもらえる最強のピトモンを自慢げに語る兵士の話などは、考えさせられます。
将来的に、戦争風景をYoutubeやインスタにあげる兵士や、そのことをクールに思う若者、
それを助長するためのゲームと政府のコラボなんかは本当に起きても不思議ではありません。
ほかの作品でも、アメリカ大統領ドナルド・トランプやFacebookのマーク・ザッカーバーグ、ヒトラーが出てくる作品、スマホアプリを題材に使った話もあり、
現在の社会・経済情勢をもとに、と一歩想像を膨らませているものが多く、こうなることもあり得るよなぁと思わせてくれる本です。
ホロコーストに関連した考え方、生存者のトラウマに端を発した部分など、イスラエル人にしか書けないであろうものも垣間見えます。
ですが、本作品は短編集のため、SF要素を含んでいるのはごく一部のものです
ポケモンGOをパロディして、戦場でもらえる最強のピトモンを自慢げに語る兵士の話などは、考えさせられます。
将来的に、戦争風景をYoutubeやインスタにあげる兵士や、そのことをクールに思う若者、
それを助長するためのゲームと政府のコラボなんかは本当に起きても不思議ではありません。
ほかの作品でも、アメリカ大統領ドナルド・トランプやFacebookのマーク・ザッカーバーグ、ヒトラーが出てくる作品、スマホアプリを題材に使った話もあり、
現在の社会・経済情勢をもとに、と一歩想像を膨らませているものが多く、こうなることもあり得るよなぁと思わせてくれる本です。
ホロコーストに関連した考え方、生存者のトラウマに端を発した部分など、イスラエル人にしか書けないであろうものも垣間見えます。