・ナラ・レオン(vo)
・ロベルト・メネスカル(g)
・カメラータ・カリオカ
・・ベト・カジス(per)
・スピック&スパン
・・八尋ともひろ(per)
・・坂井紅介(b)
・・吉田和雄(ds)
ナラ・レオン(歌手、女優、1942-1989)を聴き始めたのは1989年頃。ベルベットな泡を売りにした新ビール(キリンのファインピルスナー)のCMのバックに流れた「あの日からサウダージ」のナラの歌声に魅了されたのがきっかけである。同じきっかけで聴き始めた方は多いのではないだろうか。しかしその頃すでにナラは脳腫瘍にかかっており、惜しくもこの後、47歳の若さで亡くなったというのは最近知ったことである。
このアルバムは1985年の来日時に日本でスタジオ録音されたもの。ボサノヴァの女性ヴォーカルといえば、日本では女王やディーヴァと呼ばれるアストラッド・ジルベルト(歌手、1940-現在)が有名だが、本国ブラジルではミューズと呼ばれるナラが有名なようである。これはアントニオ・カルロス・ジョビン(1927-1994)、ジョアン・ジルベルト(1931-現在)、 ヴィニシウス・ジ・モライス(1913-1980)等、その後のボサノヴァの巨人たちが入り浸って演奏、議論を交わしていたナラのサロン(コパカバーナのマンション)でボサノバが誕生したという通説からも納得できる。
二人の違いを簡単にいうと、アストラッドのクールヴォイスに対して、ミューズと呼ばれる由縁となったナラの透明感のあるハイトーンとクールな中にもウォーム感のあるヴォイスということになるだろう。また、ボサノバ特有の素っ気なさよりも、一時、ブラジルの軍事政権に反発して活動し、軍部に目をつけられ、パリに亡命したという骨太な面が感じとれる。
アストラッドの歌唱も、その元夫ジョアン・ジルベルトの抑揚を押さえた歌唱も、チェット・ベイカー(1929-1988)からの影響であることは知られているが、ナラの歌唱は誰からの影響なのだろうか。最近知ったのはアストラッドがブラジル人の母親とドイツ人の父親の間に生まれたハーフであり、ナラがフランス貴族の血を引いているということ。歌唱の違いはこういった生い立ちも影響しているかもしれない。
本アルバムにはボサノヴァの名曲・名唱が並んでいる。注目すべきは冒頭の「小舟」である。作曲は本アルバムでも切れ味の良いギターを奏でているメネスカル(ギタリスト、作曲家、1937-現在)。メネスカルはナラにとって初恋の相手であり、その後も仲の良い間柄となっている。1985年の来日もナラやカメラータ・カリオカのカジスと共に果たした。作詞はナラの元恋人ロナルド・ボスコリ(ジャーナリスト、作詞家、1928-現在)。浜辺で壊れてしまった小舟を見ている男女がそれに乗って旅立つのを夢想して作ったそうだ。珠玉の名曲・名唱群の中にあって、小舟が男女を乗せて海に滑り出していく様を描いたこの曲は愉悦感あふれる軽快なテンポとも相まって、このアルバムの滑り出しに相応しいものであり、ひときわ光彩を放つ存在となっている。
【追記】
「あの日からサウダージ」の歌詞はCM用にナラが書き下ろしたものであり、ナラの遺作のようである。作曲はメネスカル。
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